今年3月、日本政府に女性差別撤廃条約の選択議定書の批准を求める「女性差別撤廃条約実現アクション」がスタートしました。この選択議定書の批准は、日本に生活する女性の権利保護の確保のために、非常に重大な意味合いを持ちます。しかし、女性差別撤廃条約という名前は聞いたことがあっても、それが何なのか、一体どのように女性の権利を守ってくれるものなのか、詳しくは知らないという方も多いのではないでしょうか。
そのため、このnoteでは、
1. 国際人権条約って何? 2. 女性差別撤廃条約ってどんな内容? 3. 日本が権利を保障してくれないときは、どうしたらいいの?
の3点について、解説をしたいと思います。
女性の権利問題に関心のある皆さんの多くは、女性の権利は、他の性別や属性の人々と同様に「憲法」によって保障されているということを認識しているのではないかと思います。
例えば、日本国憲法14条は、男女間の差別を禁止しています。かつて、日本では、特に雇用における男女差別が顕著でした。現在もなお、雇用や労働における男女差別はゼロであるとは決して言えませんが、昔は、女性の定年を男性より低く設定したり、女性は結婚したら退職しないといけないという規則を採用したりしていた企業がたくさんありました。このような企業の差別的規則が撤廃されたのは、憲法14条の理念に反していると裁判所が認めたということも手伝っているでしょう。他にも、リプロダクティブライツという言葉を聞いたことがある人は多いでしょう。これは、誰といつセックスをするか、妊娠や出産をいつするか、また、子どもはいつ何人産むかなど、性と生殖に関わることを、女性が自分の自由意思で決定する権利です。日本では、これは憲法13条「幸福追求権」によって保障されると解釈されています。とても悲しい話ですが、日本ではかつて、知的障害を持つ女性が国家によって不妊手術を強制されることがありました。2019年に、裁判所は、この当時の強制不妊手術は「憲法13条の保障するリプロダクティブライツの侵害」であるとして、日本の憲法違反を認めました。
一方で、皆さんは、タイトルの「女性差別撤廃条約」という言葉を耳にしたことはあるでしょうか?名前を聞いたことはある、という方は多いかもしれませんが、では、これは一体何なのでしょうか。
はじめに結論をいうと、女性差別撤廃条約とは、憲法と同様に、私たちの権利を保障してくれる「国際人権条約」の1つです。日本は、憲法を遵守しないといけないように、女性差別撤廃条約はもちろん、この国際人権条約そのものもまた遵守しなくてはいけません。そして、日本が憲法違反をしていると思ったら私たちは裁判所にそれを訴えることができるように、日本が条約違反をしているときも、私たち国民は、日本国内や国外でそれを訴えることができます。
しかし、日本ではまだまだ国際人権条約は認知されていないのが現状です。私たち国民が国際人権条約について知らないと、日本政府がこれをきちんと遵守しているかどうかが分かりません。また、これを知らないと、日本政府が条約を遵守していないと分かったとしても、それをどうやって指摘すればよいかが分かりません。
以下、女性差別撤廃条約とその選択議定書について、一緒に学んでみましょう。
1. 国際人権条約って何?
端的に説明すると、国際人権条約というのは、様々な国家が共同で作り上げた「人権のカタログ」であって、そしてその人権をどのように守っていくかの方法をまとめた「ルール」です。まさに、「国際版憲法」であると説明しても差し支えないと思います。
その歴史を説明すると、国際人権条約は、第二次世界大戦のときにナチスが行ったユダヤ人や障がい者、性的マイノリティなどに対するジェノサイドを二度と繰り返さないために、戦後、生まれました。はじめに生まれたのが、皆さんもおそらく耳にしたことがある「世界人権宣言」です。しかし、この世界人権宣言は、あくまで人権に関する指針であって、憲法や法律のように、国家を拘束するものではありませんでした(ですので、厳密には、世界人権宣言は国際人権条約ではなく「国際人権文書」といいます)。そのため、きちんと国家にルールを守らせるために、拘束力をもって生まれたのが「国際人権規約」という条約です。これには、まさしく憲法と同じように、差別の禁止や生命権、拷問の禁止、宗教の自由、表現の自由などがリストアップされています。
けれども、この人権について包括的にリストアップされている国際人権規約だけでは、子どもや障害者、そして女性など、特に保護が必要な属性の人々に、手厚い権利保障が及ばないかもしれないといった懸念があります。そのため、特に保護が必要な属性の人々の権利に特化した条約が数々生まれていったのです。例えば、「人種差別撤廃条約」や「女性差別撤廃条約」、「難民条約」、「子どもの権利条約」、「移住労働者権利条約」、「障碍者権利条約」などです。 これらの条約には、国家が条約をきちんと遵守しているかを監視する「条約委員会」というものが作られています。女性差別撤廃条約には、女性差別撤廃委員会があります。国家は、決められた年に、国内の状況について委員会にレポートを送り、委員会は各国の国内状況をチェックし、「ここをもっとこうするべきだ」と意見や勧告を出します。これによって、各国がきちんと条約を遵守することが図られているのです。
2. 女性差別撤廃条約ってどんな内容?
女性差別撤廃条約は、1979年に作られ、日本は1985年に批准(条約に入るということです)しました。2020年現在の締約国(批准している国を指します)は、189ヶ国です。
現在、日本では、日本国籍と外国籍の人の間に子どもが生まれた場合、その日本国籍の人が母でも父でも、子どもは日本国籍をもらいます。労働基準法には男女平等の規定があるし、男子学生も家庭科の授業を受けます。しかし、女性差別撤廃条約に批准する前は、日本では、父が日本国籍の場合しか子供が日本国籍をもらえなかったし、労働基準法に男女平等の規定もなかったし、家庭科の授業を受けるのは女子学生のみでした。日本は、条約に批准する時に、条約内容をきちんと遵守するために、その内容と合わないこれらの国内状況をすべて改善したのです(※)。条約を批准する際には、その内容に合わせて、国内の法律などを改廃したり、また、新しく法律などを作ったりする必要があるのです。そして、条約に批准してからは、常にその内容を遵守するよう、適宜、法律や国内状況を調整・改善していかなくてはいけません。
※2020年8月11日追記:条約批准に際して家庭科の男女共修が目指されましたが、厳密には、男女共修が実施され始めたのは1993-4年になってからです。
それでは、女性差別条約の内容を見てみましょう。まずは、女性の人権の「カタログ」の観点から見ると、例えば「売春などによって搾取されない権利(6条)」、「参政権(7条)」「国籍を取得や保持する権利(9条)」、「教育を受ける権利(10条)」、「雇用についての権利(11条)」、「婚姻の権利(16条)」などが条約によって保障されています。
カタログ以外を見ると、まず、1条で「女性差別の定義」が定められています。少し難しそうに見えるかもしれませんが、「性に基づく区別、排除又は制限であつて、政治的、経済的、社会的、文化的、市民的その他のいかなる分野においても、女性(婚姻をしているかいないかを問わない。)が男女の平等を基礎として人権及び基本的自由を認識し、享有し又は行使することを害し又は無効にする効果又は目的を有するもの」が、その定義です。また、委員会の本条文の解釈では、性暴力を含む女性に対する暴力も女性差別であるとされています。この差別の定義のポイントですが、条約は、差別をする目的で定められたものだけではなく、差別的な“効果”をもつものもまた、差別であるとしています。差別をする意図をもって作った法律じゃなくとも、結果としてそれが差別的な効果をもつようならば、それは女性差別撤廃条約に反する法律になるということです。まさしく、夫婦同姓を定める日本の民法750条は、差別的“効果”をもつ法律だといえるかもしれません。
次に2条では、締約国の「ルール」が定められています。かみ砕いて説明すると、そのルールとは、主に「1. 男女平等の実現を確保すること」、「2. 女性差別を禁止する法律を立法したり、制裁を定めたりすること」、「3. 裁判所などを通じて、女性を差別から保護すること」、「4. 政府が女性差別的な行為や慣行をしないこと」、「5. 個人や企業による女性差別を撤廃すること」、「6. 女性差別的な法律や規則、慣習、慣行を改廃すること」などです。少し長くなってしまうかもしれませんが、いくつか取り上げて解説していきます。
まず、「3. 裁判所などを通じて、女性を差別から保護すること」ですが、例えば、これは性暴力の加害者を適切に裁くことによって実現すると考えられます。この規定を考慮すると、間違っても、裁判所などがセカンドレイプをするようなことは、条約上、あってはならないことです。実際に委員会は、フィリピンの裁判所がレイプ事件の裁判において、レイプに関する偏見、誤解やステレオタイプ、すなわち「レイプ神話」に依った判決を下したことに対し、この3のルールに違反したことを認定しています。警察や司法の現状を考えると、日本は、このルールをきちんと守っていると言えるでしょうか?
次に、「5. 個人や企業による女性差別を撤廃すること」ですが、これは、国際人権条約の中では少し珍しい規定です。国家が個人間で行われる女性差別を決して許してはならず、それを規制する義務を負っているということを明確にしているので、とても発展的な規定であると言われています。国家は、自分たち政府が女性差別をしなければそれでよいというわけではなく、個人が行っている女性差別を撤廃するために、女性差別を防止したり、生じた差別から女性を保護したり、差別を適切に調査し、加害者に対処したりする必要があるということです。
最後に「6. 女性差別的な法律や規則、慣習、慣行を改廃すること」ですが、これもまた発展的な規定です。なぜならば、女性差別撤廃条約は、女性差別的な法律だけではなく、「慣習」や「慣行」の改廃も国家に義務付けているからです。つまり、例えば、日本には女性のみにヒール着用を強要する社則があり、そのような文化が根付いています。これに対し、日本が「ヒール着用を強制する法律があるわけじゃないからよいだろう」という姿勢でいることは、条約上、許されません。日本は、ヒール着用を強要する文化、すなわち慣習や慣行もまた、きちんと改廃する必要があるのです。もちろん、夫婦同姓に関して、「別に法律によって女性が絶対改姓しなくてはいけないと決まっているわけではないから、これは差別ではない」という主張も間違いです。女性が改姓するという慣習や慣行が日本にある以上、民法750条は、条約の趣旨には合わない法律であるといえるでしょう。
3. 日本が権利を保障してくれないときは、どうしたらいいの?
はじめに1つ目の手ですが、国内裁判所に日本の条約違反を訴えることができます。しかしこの方法については、残念ながら、今まで実際に行われたことは少なく、また、裁判所側もなかなか条約違反について真摯に検討してくれません。国内裁判所に訴えることが効果的かと言われると、難しいところです。
2つ目ですが、これは非常に効果的です。しかし、はじめに言っておきますが、非常に残念ながら、私たちは、日本でこの方法を使うことができません。
その方法ですが、女性差別撤廃委員会に直接国家の条約違反を通報して、委員会が違反しているかどうかを判断し、違反しているようなら委員会が国家に勧告するという方法です。条約について監視したり解釈したり委員会による勧告は、国家にとって非常にインパクトのあるものです。この勧告に拘束力はありませんが、個人通報内容と勧告はだれでもネット上で閲覧できますし、国家がそうそう無視できるものではないでしょう。先ほど例に挙げたフィリピンにおけるレイプ事件の裁判の件も、この方法によって委員会が勧告を出しています。この個人が委員会に差別を通報し、委員会に判断してもらうこの制度のことを「個人通報」といいます。国家の条約違反を改善するためには、非常に効果的な方法です。
では、なぜ私たちは、日本の条約違反を委員会に通報することができないのでしょうか?実は、この個人通報制度については、女性差別撤廃条約ではなく、「女性差別撤廃条約選択議定書」という条約本体に付属している議定書の中で定められています。「選択」とつくように、この付属の議定書も批准するかどうかは国家の自由であって、女性差別撤廃条約本体のほうだけ批准することも可能ではあります。そして、この議定書に批准している国家の下にいる国民だけが個人通報制度を利用できるわけであって、皆さんのお察しのように、日本はこの議定書に批准していないのです。なお、このような個人通報制度は、女性差別撤廃条約に限らず、子どもの権利条約や障害者差別撤廃条約など、他の条約にもあります。しかし、日本はどの議定書も批准していないため、私たちは一切個人通報制度を利用できないのが現状なのです。
日本は、議定書に批准しない理由として、「国内司法の独立性を損なう可能性がある」と主張しています。しかし、先ほども言ったように、インパクトを有するとはいえ、個人通報に対する委員会の判断や勧告にはあくまで拘束力はありません。国内司法の判断を強制的に捻じ曲げるような力を持つわけではないので、そのような意味合いでは、「独立性が損なわれる」とは言えないのではないでしょうか。
4. おわりに 以上、国際人権条約、女性差別撤廃条約と個人通報制度について説明しました。 皆さんに一番意識してもらいたい点は、女性差別撤廃条約とは単なる指針や方針、目標などではなく、憲法と同様に、国家を拘束するものであって、国家はこれを遵守する必要があるというところです。そして、私たちが日本に求めている「国家による女性の権利の保護」や「選択議定書の批准」は、決して我儘などではなく、国際社会において正当な要求であるということも強調しておきます。
今一度、こちらに署名のリンクを貼ります。この署名によって、いつか日本が選択議定書を批准し、私たちが個人通報制度を使えるようになることによって、日本の女性の権利保護がより一層図られることを願っています!
Written by さき
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