注:レイプについての議論があります。
先日、オックスフォード大学で開催された’Sexual Violence Awareness Week’(性暴力啓発週間)のイベントに参加しました。登壇者は、オックスフォード大学の学生組合のウィメンズ・オフィサー(女学生の代表者として活動し、女性が直面する問題に取り組む)、Stay Braveというジェンダーに関わらず全てのサバイバー*の支援・啓蒙活動をしている団体代表者、Good Lad Initiativeという男性をターゲットにして「ポジティブ・マスキュリニティ(男性性)」を広めている団体代表者、そしてオックスフォードのレイプクライシス・センター(OSARCC)の代表者でした。「性暴力」というと「女性の問題」という認識が強い日本ですが、この日の登壇者を見て、性暴力は皆の問題であるし、様々な人の声を汲み取ること、様々な方面からアプローチすることの重要性を再認識させられました。
そんなイベントの中で、私がとても興味深いと思った、こんなやり取りがありました。
司会者:「レイプの明確な定義の重要性は何だと思いますか?」
OSARCC代表者:「レイプの定義は、明確ではありません。私たちに相談しに来る人の中には、法的にはレイプに当てはまるけどレイプされたと感じない人や、法的にはレイプにならないけどレイプされたと感じる人もいます。ヘルプラインに電話をかけてくる女性に対して、私たちが彼女達の経験を定義することは絶対にしません。彼女がどう感じるか、法的定義が自分の経験に「合っている」と感じるかどうか、質問と対話をすることによって解きほぐしていきます。」 (注:OSARCCは、女性のサバイバーしか支援していません。)
Stay Brave代表者:「レイプは、とても個人的な経験です。政策と法律がそこに追いついていません。」
Good Lad Initiative代表者:「私たちは、法的定義中心の「最低基準アプローチ」はとりません。そこを超えて、もっとポジティブなアプローチをしています。」
こんな意見が出た後に、カナダでは「強姦」(rape)という法的定義が無く、「性的暴行」(sexual assault)という定義しかないということが話に上がりました。登壇者の意見としては、後者の定義のほうがより包括的であるということでした。
こんな話を聞いた数日後、もう一つ同大学でイベントがあったので参加してみると、そこでも同じようなことが話題になりました。法学の教授が、「法的カテゴリーの多くが、(サバイバーの意見や経験ではなく)加害者の立場から作られたものである」と述べていました。
「定義をする」という、一見シンプルな行為に絡む暴力や権力構造の再生産について深く考えさせられ、カナダの法律について少し調べてみました。(私は法律の専門家でもカナダの専門家でもないため、もっと詳しく知っている方、こういう観点もあるよ、という方は是非教えてください。)ちなみに、カナダの刑法では「同意」(consent)という言葉がなんと1892年から使われていることを発見し、驚きました。
カナダでは1983年に刑法が改正され、「強姦」という罪が「性的暴行」に変更されました。この定義の改正の主な理由としては、レイプが本質的には暴力的な犯罪であるということを強調するため、「rape」という言葉の宗教的・社会的スティグマを取り除くため、警察への届け出数を増加させるためだそうです。さらに、この改正では全ての性の人が対象となり(以前は女性だけでした)、婚姻関係にあるパートナー同士のレイプも「性的暴行罪」と認められるようになった等の変更もありました。
「性的暴行罪」には、3つのタイプの犯罪があります。
1)性的暴行(sexual assault):被害者に軽い怪我もしくは怪我がない性的暴行。最大、禁固10年。
2)武器を用いた性的暴行、第三者への脅迫を用いた性的暴行、もしくは身体的危害を与えた性的暴行(sexual assault with a weapon, threats to a third party, or causing bodily harm):最大、禁固14年。
3)加重性的暴行(aggravated sexual assault):被害者に怪我、障害、外見を損なうような怪我を負わせた、もしくは命を危険にさらした性的暴行。最大、終身刑。
冒頭でふれたイベントの登壇者のように、カナダのより包括的なレイプの定義を評価する声もあります。一方で、批判もあります。例えば、警察への届け出数は法改正後数年間は増えていたものの最近は減少傾向にあることや、たとえサバイバーが警察に届け出をしたとしても、警察が「根拠あり」と断定しない限り正式に記録されないこと等が指摘されています。警察が「根拠あり」と断定するか否かは、性暴力にまつわる神話(偏見やステレオタイプ)が大きく影響していると言われています。これらを踏まえて、カナダが法律から「強姦」(rape)という言葉を消したことによって、その犯罪とサバイバー自身がもみ消されてしまっているという懸念の声もあります。また、性的暴行罪を3段階に分けたことで、届け出される大多数の案件が最も軽度な罪(性的暴行罪)に分類されてしまっているという指摘もあります。
ただでさえ、自分が遭った暴力を言葉にすること(そしてそれを「暴力」として認識すること)は葛藤や苦しみをはらむプロセスです。自分の言葉を見つけられるまで、長い年月がかかることもあります。そして、定義するという行為は境界線を引くことであり、必然的に零れ落ちてしまうものがあります。そう考えると、性暴力を法的に定義することの難しさに改めて気づかされます。 皆さんは、どう思いますか?
*性暴力を受けた人を「被害者」(victim)ではなく「サバイバー」(survivor)と呼ぶことが英語圏ではあります(特に、性暴力の予防・啓蒙活動に関わっている人はサバイバーを使う人が多いように感じます)。ここでは、冒頭に言及したイベントで「サバイバー」が使われたので、統一するために記事内でもその言葉を使っています。「サバイバー」を使う理由としては、戦い続けていると・生き抜いたこと・力強く人生を歩み続けているという意味を強調するためや、「被害者」というと憐みの視点や無力性が強調されるからということがあります。しかし、「被害者」という言葉を使うことで「被害」を与えた加害者に重きを置くことができるという声や、被害ー加害という関係性があったことは事実なのだから「被害者」を使うことには特に問題がないという意見もあります。
参考文献(順不同): ‘Criminal Code’ – the Minister of Justice (2017), Canada ‘Sexual Assault in Canada’ – Statistics Canada (2008), Government of Canada ‘Uncertain Progress – Canadian Sexual Assault Laws’ – Clay Roth (2016), AMS Sexual Assault Support Centre ‘How Canada’s sex-assault laws violate rape victims’ – Kirk Makin (2017), The Globe and Mail ‘Sexual Assault’ – Margaret A. Somerville & Gerald L. GAL (2013), The Canadian Encyclopedia ‘A History of Canadian Sexual Assault Legislation 1900-2000’ ‘HOW CANADIAN LAW RENDERS RAPE INVISIBLE’ – Fiona Raye Clarke (2016), Shameless ‘Rape Law Reform in Canada: The Success and Limits of Legislation’ – Kwong-leung Tang (1998), International Journal of Offender Therapy and Comparative Criminology, 42(3):258-270 ‘An Estimation of the Economic Impact of Violent Victimization in Canada, 2009’ – Department of Justice (2016), Government of Canada 『声なき叫び』についての角田由紀子弁護士によるトーク概要レポート – PANDORA
著者:もえ
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